第9回 「弁論主義が適用される事実」Part.1
第1 導入
今回は、裁判上の自白の成否、当事者の主張しない事実の認定の可否、といった場面でお馴染の「弁論主義」の話をします。
個人的には、「第1テーゼ」、「第2テーゼ」、「第3テーゼ」という中二的ワードを考えだした学者さん(誰なんだろう)のネーミングセンスを疑っておりますが(「第1原理」とかでええやん…)、この分野は僕的には嫌いではありません。
というのも、弁論主義について問われる問題は、自分が採る姿勢さえ確固たるものとしておけば、答えを導き出すことに困難がないと考えられるからです。
その「自分が採る姿勢を確固たるものとする」というのは、つまり、「弁論主義が適用される事実について、自分の考えをしっかり持っておく」ということです。
「弁論主義が適用される事実とは何か」、という論点は超基本中の基本論点でありますが、皆さんはこの論点に対する確固たる答えを持っているでしょうか。
通説では、「弁論主義が適用される事実とは主要事実である!」とされておりますが、ロースクール等では「いやいや、『重要な間接事実』も弁論主義の適用対象だよ」などと教えられたりして、受験界の煮え切らない態度に怒り狂ってるのではないでしょうか。
通説どおり、主要事実が適用対象であると考えても、そもそも「主要事実」って何?って疑問もあるでしょう。
そこで、「弁論主義が適用される事実とは何か」という基本的な論点について、一つの一貫した考え方を示したいと思います。
なお、第9回(今回)は、「『主要事実』とは何か」ということを確認し、第10回において「弁論主義が適用される事実とは何か」という論点を見ていきたいと思います。
第2 「主要事実」とは何か
皆さんは「主要事実」の定義についてどのように考えているでしょうか。
主要事実とは、「権利の発生・変更・消滅という法律効果の判断に直接必要な実体法上の要件事実」である、と教わっている方が多いと思います。
ところで、皆さんは「構成要件が抽象的な場合」すなわち、「過失」の認定にあたって、弁論主義がどのように認定されるか、という論点をご存知だと思います。
たとえば、
[XはYに対して交通事故を理由とする損害賠償請求訴訟を提起した。XはYの「スピード違反」しか主張していないものの、裁判所はYの「酒酔い運転」の心証を抱いた。このような場合、「酒酔い運転」を理由として、裁判所はYの過失を認定することができるか。]
といった問題意識です。
この論点に対して、以下のような回答をすることは正しいでしょうか。考えてみてください。
弁論主義が適用される事実は主要事実、すなわち、法規の構成要件事実である。
そして、間接事実のような非構成要件事実には、弁論主義は及ばないのが建前である。
したがって、「スピード違反」や「酒酔い運転」等の事実は過失(民法709条)という主要事実の存在を推認させる間接事実にほかならないのであるから、このような裁判所の判断も許されることになる。
しかし、これでは、手続保障・不意打ち防止という弁論主義の趣旨・機能が没却される。
そもそも、「過失」のような抽象的要件事実は、その存否を基礎づける具体的事実を評価して得られる法的評価物である。
とすれば、むしろ抽象的要件事実を基礎づける具体的事実にこそ、弁論主義の適用を認めるべきである。
本問の場合、「酒酔い運転」等の具体的事実も主要事実に準じるものとして、弁論主義が適用されるところ、XYとも「酒酔い運転」の主張をしていない。
よって、「酒酔い運転」を理由として、裁判所はYの過失を認定することができない。
どうでしょう。一件、綺麗な論証に見えるのではないでしょうか。
しかし、ここで敢えて反論をしてみます。皆さんは、それに対する再反論を考えてみてください。
あなた方は、弁論主義が適用されるのは、「法規の構成要件事実」であると考えておりますね?
では、たとえば、消費貸借契約における「構成要件事実」とはなんですか?
「返還合意」と「金銭の交付」ですよね?
ということは、弁論主義が適用されるのは、「返還合意」と「金銭の授受」ということになりますね?
そして、皆さんは、不法行為に基づく損害賠償請求においても、「過失」が「構成要件事実」であると考えておりますね?
ところで、弁論主義が適用される事実については、第1テーゼにより、当事者がその主張をしなければ裁判所はその事実を認定できませんね。
ということは、あなた方の理解では、上記「返還合意」、「過失」といった「構成要件事実」について当事者が主張する必要がある、ということですね。
…当事者であるXさんは「原告と被告との間には返還合意があった。」「被告には過失があった。」という抽象的な主張をするでしょうか?
もっと具体的に「◯月◯日、誰と誰の間で、金◯万円を返還する合意があった。」「本件事故当時、被告は、制限速度◯キロメートルの道路を時速△キロメートルで走っており、スピード違反の過失があった。」というような主張をするのではないでしょうか。
裁判では、当事者によってこういった具体的事実が主張されることが期待されているのであって、「返還合意があった!」「過失があった!」といった抽象的な事実の主張に意味はないのではないでしょうか。
つまり、当事者に主張が期待される事実、すなわち、弁論主義が適用される事実は、具体的事実であると考えるのが妥当ではないでしょうか。
こう考えた場合、「『過失』が主要事実であり、それを基礎づける具体的事実は間接事実にすぎない。」と述べることは誤りとなります。
あくまで、「『過失』とは抽象的な概念にすぎず、それを基礎づける『◯月◯日当時の、◯キロメートルのスピード違反』といった事実こそが、当事者に主張が期待される(裁判所が勝手に認定できない)主要事実なのではないでしょうか?
どうでしょうか。
実はこの考え方は、重点講義などで示されている考え方であり、僕個人的にはこっちの解釈が正しいと思っています。
この考え方は、「要件事実」という言葉と「主要事実」という言葉を同義として捉えません。
つまり、要件事実とは、「法規の条文の構成要件に掲げられているもの」であり、587条における「金銭の授受」や709条における「過失」がこれに当たります(「事実」ではない場合もあるから正確には、「構成要件要素」とか「構成要件要素方式」とでもいうべきでしょう)
対して、主要事実とは、要件事実に具体的な膨らみをもたせたものです。たとえば、「いつ、どこで、どのような態様で(現金か、小切手か、銀行振込か等)、金銭を受け取った」というように、要件事実に膨らみを持たせた事実、ということになります。
「弁論主義が適用される事実」というのは、当事者が主張することが期待されている事実なのであって、それは「要件事実」という抽象的な構成要件要素ではなく、「要件事実」に該当する具体的事実であると考えるのが自然でしょう。
つまり、弁論主義が適用される主要事実とは、「権利の発生・変更・消滅という法律効果の判断に直接必要な実体法上の要件事実に該当する具体的事実」ということになります。
この理解を前提に考えれば、上の論証にも疑問がでてくるでしょう。
上の論証では、「したがって、『スピード違反』や『酒酔い運転』等の事実は過失(民法709条)という主要事実の存在を推認させる間接事実にほかならない」としています。
しかし、「過失」という要件事実に該当する「スピード違反」「酒酔い運転」という具体的事実こそが主要事実と考えるべきですから、これを「間接事実」などということは誤りでしかないといえるでしょう。
さて、この考え方に立って、上の論点の論証をすると以下のようになります。
まず、前提として、裁判所は当事者の主張しない事実についてそれを裁判の基礎とすることはできない(弁論主義の第1テーゼ)。このテーゼにより、当事者の弁論権が実質的に保障されるのである。
そして、弁論主義の適用があるのは、主要事実に限ると解する。
なぜならば、主要事実は訴訟の勝敗を決する重要な事実であるため、この点について弁論主義の適用を認めないと弁論主義の機能たる不意打ち防止を図り得ない一方で、間接事実や補助事実は普通の証拠と同様の機能を営むものであり、自由心証主義の下、裁判所の自由な判断に委ねるべきだからである。
そして、ここでいう主要事実とは、証明・証拠調べの対象となる、法律効果の判断に直接必要な実体法上の要件事実に該当する具体的事実である。
これを本問についてみるに、確かに709条の構成要件たる「過失」が主要事実であり、それを基礎付ける具体的事実である「酒酔い運転」の事実は間接事実にすぎないようにも思える。
しかし、「過失」とはそもそも「事実」というよりは、抽象的な法律概念であって、むしろ、「過失」の評価根拠事実たる具体的事実こそが、証明・証拠調べの対象となる実体法上の要件事実であると解することができる。
したがって、本問では、「過失」を基礎付ける評価根拠事実たる「酒酔い運転」の事実が主要事実であり、それを裁判所が当事者の主張なくして認定することは違法であると解する。
何度も言いますが、主要事実とは、「権利の発生・変更・消滅という法律効果の判断に直接必要な実体法上の要件事実」ではなく、「権利の発生・変更・消滅という法律効果の判断に直接必要な実体法上の要件事実に該当する具体的事実」です。
第3 まとめ
とりあえず、第9回では、「主要事実」の意義について、正確な認識を理解してもらおうと努めました。
次回は、「弁論主義が適用される事実とは何か」という点について、触れていきたいと思います。
追伸
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