第20回 「既判力の縮減」~最判平9.3.14の分析
第1 導入
さて、これまでに何度か「既判力」をテーマにした記事を書いてきましたが、今回は「既判力」の中でも一際不気味に輝く「既判力の縮減」について説明していこうと思います。
司法試験のヤマ張り談義の中でも「既判力の縮減」があがることは多いのではないでしょうか。
また、予備試験や上位ロースクールの入学試験でも、「既判力の縮減」がでてもおかしくないとは思うので、受験生としてはやはり押さえておく必要があると思います。
もっとも、「既判力の縮減!!!」といったところで、それがどういった議論なのか、最終的にどのような論証をするべきなのかという点は、実はあまり分かっていない人も多いかと思います。
そこで、以下では「既判力の縮減」の議論の本質を説明した上で、具体的な答案の指針を示したいと思います。
第2 「既判力の縮減」とは
まず、そもそも論として、「既判力の縮減」とはどのような議論なのかということを確認しておきましょう。
1 「既判力の縮減」と「既判力の遮断効が及ばない事由」の議論の相違
まずは「既判力の縮減」と「既判力の遮断効が及ばない事由」の議論の相違について確認しておきます。
「既判力の遮断効が及ばない事由」の議論とはなんぞや?と思われるかもしれませんが、その点も以下説明していきます。
これまでの記事でも何回か書いてきたように、「既判力」には、「積極的作用」と「消極的作用」の2つの作用があると言われています。
このうち「消極的作用」とは、「既判力が生じた前訴判決の判決主文の判断を前訴口頭弁論終結時までに提出し得た事由で争うことは許されなくなる」という作用です。
※ 既判力の「消極的作用」の内容は、あらゆる試験で嫌というほど書かされます。ただし、僕の感覚なのですがこの定義は暗記するようなものではありません。「既判力」をしっかり学習していくと、当然のものとして「消極的作用」の内容も身についていきます。条件反射的に説明できるようになるくらい、ことあるごとに「消極的作用」に思いを馳せるようにしてください。
この作用から生じる効力は、既判力に抵触する限度で当事者からの攻撃防御方法の提出を遮断するという意味で、「遮断効」と呼ばれています。
この遮断効は、「前訴口頭弁論終結時までに提出し得た事由」に及ぶわけですが、「前訴口頭弁論終結時までに提出することが一応は可能であったが、提出を期待することが酷であったといえる事由」については、例外的に遮断効の射程から外すべきである、という議論があります(「期待可能性説」などといわれたり学説もここでの議論です)。
これが「既判力の遮断効が及ばない事由」についての議論です。
さて、それではこの「既判力の遮断効が及ばない事由」についての議論と「既判力の縮減」の議論は同じものなのでしょうか。
結論からいうと、全くの別物ということになります。
「既判力」の章には、「既判力の客観的範囲」という大きな標目がありますね。
そして、「既判力の客観的範囲」の内容としては、「判決主文中の判断に既判力が生じる」ということになっております。
「既判力の縮減」とは、この「判決主文中の判断に既判力が生じる」という「既判力の客観的範囲」に対する例外の議論ということになります。
すなわち、「既判力の縮減」は、「判決主文の判断であっても既判力が生じないことがある」という議論なのです。
先程の「既判力の遮断効が及ばない事由」についての議論は、「既判力の客観的範囲」については、原則どおり「判決主文中の判断に既判力が生じる」という前提を崩さず、その「主文中の判断」を争うための攻撃防御方法について、「前訴基準時までに提出し得た事由でも、例外的に既判力を及ぼさず、後訴において提出を許すことを認める」という議論となります。
「既判力が生じる」と「既判力が及ぶ」という言葉の違いを意識してみください。
既判力は判決主文の判断に「生じ」ます。これが「既判力の客観的範囲」の問題です。
対して、既判力(の遮断効)は、前訴口頭弁論終結時までに提出し得た事由に「及び」ます。これが「既判力の遮断効が及ばない事由」についての議論です。
そして、「既判力の縮減」は、「判決主文中の判断であっても既判力が生じないことがあることを認める」という議論ですから、当然に「既判力の客観的範囲」の問題ということになります。
最近は、高橋先生の「期待可能性説」の考え方が盛り上がっており、このトピックが司法試験に何度も出題される等、受験界にも多大を及ぼしておりますが、その議論と「既判力の縮減」の議論は土俵が違う問題なので十分に注意しておいてください。
2 「既判力の縮減」が問題になる場面
以上のように、「既判力の縮減」は「既判力の生じる判断の縮減」であって、「判決主文中の判断であっても既判力が生じないことがあることを認める」というものです。
そして、「判決主文中の判断」は「訴訟物についての判断」です。
また、第16回の記事では「既判力の作用場面」について書きましたが、その中でも説明したように、既判力の抵触は①「前訴と後訴の訴訟物が同一である場合」、②「前訴と後訴の訴訟物が先決関係にある場合」、③「前訴と後訴の訴訟物が矛盾関係にある場合」に生じ得ることを説明しました(その詳細は第16回の記事を確認してください)。
したがって、「既判力の縮減」は、上記①~③の場面であっても「既判力の抵触」とはしないという議論ということになります。
「既判力の客観的範囲」の例外、といわれると「判決理由中の判断についても既判力を生じさせる」という争点効(ないし信義則による既判力の拡張)的な議論を考えがちですが、「既判力の縮減」は「判決主文中の判断であっても既判力が生じない場合を認める」という逆の形での例外ということになりますので、注意しておいてください。
第3 「既判力の縮減」が問題となった判例
さて、「既判力の縮減」の可否が問題となった判例として、最判平9.3.14があります。
1 最判平9.3.14の事案
この判例の事案は以下のようなものでした。
【事案】
被相続人Aが死亡したが、法定相続人としては、妻X、子YおよびZが存在した。
XはYに対して、本件土地のXの所有権確認およびXへの所有権移転登記を求める訴えを提起した(前訴)。
前訴の請求原因として、Xは、①Xが本件土地をBから買い受けた事実、②Xが本件土地を時効取得したことを主張した。
対してYは、Aが本件土地をBから買い受けた後に、Yに贈与したと反論をした。
前訴裁判所は、本件土地の所有権の帰属につき、①本件土地をBから買い受けたのはXではなくAであること、②YがAから本件土地の贈与を受けた事実は認められないことを認定し、Xの請求を棄却した。
この判決を不服としてXが上告をしたが、上告棄却となり判決が確定した。
・Xの主張:①XがBから買受け + ②時効取得
・Yの主張:①AがBから買受け → ②BがYに贈与
・裁判所の認定:①AがBから買受け → ②AがYに贈与したという事実はない =請求棄却
前訴判決確定後に遺産分割調停がなされたが、その中で、Yは本件土地の所有権を主張し、右土地がAの遺産であることを争った。
そのため、XおよびZは、本訴を提起し、本件土地はAがBから買い受けたものであり,Aの遺産であって、XおよびBは相続により各共有持分を取得したと主張し、本件土地がAの遺産であることの確認および各共有持分に基づく移転登記を求めた。
これに対してYは、Xは前訴判決の既判力により本件土地の共有持分の取得を主張し得ないと主張した。
2 最判平9.3.14の判断内容
これに対する原審の判断は以下のようなものでした。
【原審(東京高判平4.12.17)】
原審は、XとZの遺産確認請求およびZの所有権一部移転登記請求を認容し、Xの所有権一部移転登記請求を棄却し、Yの反訴請求を認容した。
① 本件土地は、AがBから昭和30年6月30日に買い受けてその所有に帰したものであるところ、Yに贈与されたとは認められない。したがって、本件土地はAの遺産に属する。
② そして、Xは、Aの死亡により本件土地の3分の1の共有持分を取得した。
③ もっとも、Xは、前訴において、本件土地の所有権取得原因として相続の事実を主張しないまま敗訴の確定判決を受けたから、Yとの関係ではXが本件土地の所有権を有しないことが確定している。
④ したがって、Xが本件訴訟(後訴)において前訴の口頭弁論終結前に生じた相続による共有持分の取得の事実を主張することは、前訴判決の既判力に抵触し、許されない。
この原審の判断に対してXから上告がされました。上告審の判断は以下のようなものです。
最高裁は、原審の判断を正当として是認できるとして、いずれの上告も棄却。
① 所有権確認請求訴訟において請求棄却の判決が確定したときは、原告が同訴訟の事実審口頭弁論終結の時点において目的物の所有権を有していない旨の判断について既判力が生じるから、原告がその時点以前に生じた所有権の一部たる共有持分の取得原因事実を後の訴訟において主張することは、確定判決の既判力に抵触する。
② Xは、前訴において、本件土地につき売買および取得時効による所有権の取得のみを主張し、事実審口頭弁論終結時以前に生じていたAの死亡による相続の事実を主張しないまま、Xの所有権確認請求を棄却する旨の前訴判決が確定したというのであるから、Xが本訴において、相続による共有持分の主張をすることは、前訴判決の既判力に抵触し、許されない。
③ ②の理は、前訴においてAの共同相続人であるX、Yの双方が本件土地の所有権の取得を主張して争っていたこと、前訴判決が、双方の所有権取得の主張をいずれも排斥し、本件土地がAの所有である旨判断したこと、前訴判決の確定後にYが本件土地の所有権を主張したため本訴の提起に至ったことなどの事情があるとしても、変わりがない。
3 最判平9.3.14の判断の妥当性
この事件における前訴の訴訟物は、「本件土地の所有権」と「所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権」ということになります。
そして、後訴の訴訟物は、(本件土地がAの遺産に属することの確認と)「共有持分権に基づく妨害排除請求権としての所有権一部(共有持分)移転登記請求権」となります。
前訴の訴訟物たる「本件土地の所有権」が、後訴の「共有持分権に基づく妨害排除請求権としての移転登記請求権」を基礎づける「本件土地の共有権」と同一の権利なのだとしたら、前訴の訴訟物は後訴の訴訟物と先決関係にあるということになり、「既判力の作用(抵触)場面」にあたることになります。
また、前訴の訴訟物たる「所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権」と後訴の訴訟物たる「共有持分権に基づく妨害排除請求権としての移転登記請求権」が同一なのだとしたら、「訴訟物が同一」の場面として、やはり「既判力の作用(抵触)場面」ということになります。
さて、問題は前訴で主張された「本件土地の所有権」と後訴で主張された「本件土地の共有持分権」が、訴訟物として同一のものなのか、という点に帰着しますが、これについてはどのように考えるべきでしょうか。
この点を考える際には、実体法(民法)の議論を確認する必要があります。
前提として、今回は「遺産共有」が問題になっておりますが、最判昭30.5.31は、「分割前の相続財産の共有は民249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではない」との判断を示しております。
そして、最判昭42.3.23は、「共有持分権は所有権の一部であるから、所有権確認請求訴訟において共有持分権につきその取得を認めることができる場合には、共有持分権確認の一部認容判決をするべきである」としているのです。
当然のことですが、裁判所は当事者の申し立てていない訴訟物を超えて判決を下すことはできません。処分権主義違反の典型的なパターンですよね。
そして、最判昭42.3.23は「『(全部)所有権確認請求訴訟』において『共有持分権確認』の一部認容判決をするべきである」としたのですから、この判例は「所有権」と「共有持分権」の訴訟物は同一であると判断したものといえます。
とすれば、最判平9.3.14においても、「所有権」と「共有持分権」は訴訟物として同一のものであるとして、既判力の作用(抵触)場面であったといえます。
このように考えていくと、最判平9.3.14の事案におけるXの主張は既判力に抵触するものであり、後訴におけるXの共有持分権の主張を排斥する裁判所の判断は妥当であったと考えられそうです。
第4 「既判力の縮減」の採用の可否
さて、ここで「既判力の縮減」の可否が問題となります。
1 「既判力の縮減」を肯定することへの動機づけ
前述のように、最判平9.3.14の判断は、「判決主文の判断(=訴訟物についての判断)に既判力が生じる」という、既判力の客観的範囲の原則論に照らして考えるのであれば、何ら誤ったものではありません。
しかし、これではXに酷ではないのか、と思う人が多数でしょう。
というのも、最判平9.3.14における前訴はX・Yの双方が本件土地の単独所有を主張して争った事件だったわけですが、前述のように、裁判所の認定は「本件土地をBから買い受けたのはXではなくAであるが、YがAから本件土地の贈与を受けた事実も認められない」としてXの主張だけでなく、Yの主張をも排斥しているわけです。
にもかかわらず、Yは後訴の前提である遺産分割調停において「YがAから本件土地の贈与を受けた」という前訴の判断と矛盾する主張をして、紛争を蒸し返そうとしているのです。
このように、本件はある意味で、Xの共有権の主張を既判力をもって排斥するという措置をとることは、信義則との関係で問題があるとも評価できます。
実はこの判例については、福田裁判官という方の反対意見が付されているのですが、福田裁判官も、Yの行動は信義則に反するものであって、Xに相続による共有持分権取得の主張を許さないとすることは条理に反すると述べています。
そこで、本件のように、既判力による遮断を認めることが信義則との関係で問題がある場合には「既判力の縮減」を認め、例外的に既判力が生じないことにするべきである、という動きが現れたのです。
2 「既判力の縮減」の論じ方
以上のように、前訴の既判力の遮断効によってXの主張を遮断することが条理に反するといえる場合には、(受験的には)例外的に「既判力の縮減」を認め、Xの主張の既判力の射程から外してやる措置をとる必要があります。
それでは、答案上では具体的にどのような論じ方をするべきでしょうか。
大前提として理解しておくべきことは、「既判力の縮減」は「信義則」という一般条項の適用そのものであるということです。
なにが言いたいかというと、「信義則」という一般条項を使用して「訴訟物について既判力が生じる」という民訴法の大原則を崩すことになるのですから、それが許されるのは極めて例外的な場合に限られるということです。
ですから、答案上で「既判力の縮減」の論証をするにあたっては、信義則違反を基礎づける具体的事実をそれなりの分量を使って論証する必要があるでしょう。
「信義則」といった一般条項は、まさに具体的妥当性を追及する手段ですから、事案ごとの具体的事情を抽出して論証をする他はありません。
もっとも、「既判力の縮減」を論じることが求められる設問は、最判平9.3.14を多少なりとも意識した設例となっているでしょうから、前述した最判平9.3.14の事案の信義則違反を基礎づけるの具体的事実は必ずおさえておくべきです。
また、それだけでなく今回の記事では、田中裁判官(現在は弁護士)の考え方を紹介させていただきます。
最判平9.3.14の多数意見は、後訴でのXの「共有持分権の取得事由」の主張を既判力に抵触するものとして禁じたわけですが、その論理には「共有持分権の取得事由は前訴口頭弁論終結時までに提出し得た事由である」という前提があります。
しかし、この点を突き詰めて考えたとき、本当に「共有持分権の取得事由」は前訴口頭弁論終結時までに提出されていなかったといえるのでしょうか。
具体的には、後訴におけるXの共有持分権の取得原因事実を要件事実的に分類すると、①Bによる本件土地もと所有、②BからAへの本件土地売買契約、③Aの死亡、④XがAの子ということになります。
そして、後訴において「前訴口頭弁論終結時までに提出し得たのに提出されなかった」事実として扱われているのは③と④です。
…しかし、そんなことって本当にありますか?
前訴では、XがYに対して、本件土地のXの所有権確認およびXへの所有権移転登記を求めて訴えが提起されたわけですが、XとYは親子(子どもと母親)の関係にあります。
つまり、この前訴は家族間での紛争です。
その家族間での紛争において、「Aの死亡」という事実、「XがAの子である」という事実が主張書面において顕出されていないということがあり得るでしょうか。
実際の事件の主張書面を眺めるとわかりますが、要件事実的な請求原因事実以外の周辺事実についても、訴状や答弁書では多く触れられています。
主張書面は裁判所に自らの主張の妥当性を説明するための資料ですので、事の真相を明らかにするための周辺事情も詳細に記載するものです。
すなわち、最判平9.3.14でも、③「Aの死亡」、④「XがAの子である」という事実が提出されていなかった(ないし当然の前提とされていなかった)ということはあり得ないといえます。
では、前訴において、裁判所はどうしてXの全部所有権は認められないとしても、共有持分権は認められるものとして、一部認容判決をしなかったのでしょうか。
これはおそらく、③「Aの死亡」、④「XがAの子である」という事実は顕出されてはいたけれども、それが主要事実として顕出されていなかったということだと思われます。
③④の事実が主要事実として顕出されいない以上は、この点を判断しなかったとしても弁論主義的には問題ありません。
もっとも、前訴裁判所としては、Xの全部所有権は認められないものの、共有持分権は認められるという心証を得た時点で、共有持分権を基礎づける③④の事実を主要事実として主張しないのか、という点について釈明をするべきでしょう(法的観点を指摘するべきともいえます)。
このように、突き詰めて考えると、最判平9.3.14の紛糾した議論は、前訴裁判所の釈明義務の不履行という訴訟指揮上の問題に端を発してる感があります。
したがって、後訴におけるXの共有持分権の取得の主張を遮断することが条理に反するとの論証をする際には、「蒸し返しをしているのがYであること」だけでなく、「前訴裁判所に訴訟指揮に問題があったこと」をも記載するべきでしょう。
以上が最判平9.3.14における、「既判力の縮減」を導くための信義則違反の具体的事実を抽出する指針です。これを参考に、実際の設問をよく吟味して設問固有の具体的事実を探してみてください。
第4 まとめ
以上が「既判力の縮減」の議論の内容、「既判力の縮減」の論証の指針ということになります。
「既判力の縮減」を用いることができるのは、かなり限定的な場面に限られておりますので、安易に用いることは控えるべきですが、最判平9.3.14と類似する設例での出題がなされた場合には注意が必要です。
あまり時間を割いて勉強する必要のある議論ではないですが、その議論の内容と最判平9.3.14を元にした論証の指針だけはおさえておくとよいでしょう。
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