TIPPP’s blog

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第4回 将来の損害額の算定基準の変動と損害賠償請求訴訟

 

第1 導入

 あなたの所有している土地に、見ず知らずの人間が建物を建てて住み着いていることがわかりました。

 そこで、あなたは建物収去土地明渡請求訴訟と、明渡しに至るまでの賃料相当額の損害賠償請求訴訟を提起し、勝訴しました。

 

 判決の内容は

1 被告は、原告に対し、乙建物を収去して甲土地を明け渡せ。

2 被告は、原告に対し、平成◯年◯月◯日から明渡し済みまで、1ヶ月10万円の割合による金員を支払え。

 

というものでした。

 

 しかし、確定判決を得てから4ヶ月目から、その土地の地価が上がり、相当賃料額は1ヶ月あたり20万円となりました。

 

 この場合、適正賃料額との差額の追加請求は認められるでしょうか。

 

 これが今回扱うテーマです。

 

 

第2 後遺症による損害賠償請求の可否

1 学説の紹介

 上記問題提起を読めば、この問題が「後遺症による損害倍請求の可否」の論点と関係しそうだということはすぐにわかるでしょう。

 

 そこで、まずは「後遺症による損害賠償請求の可否」の論点を確認します。

 

 いわずもがな、同論点は、

 

 「前訴で一定額の損害賠償額が認容された後で、後発後遺症が見つかった場合、その後発後遺症に基づく損害賠償の後訴は既判力で遮断されるか。」

 

というものです。

 

 この論点を解決するための学説として、みなさんはどのようなものをご存知でしょうか。

 

 判例は、①一分請求論で処理する、という考え方をとっていますね。

 

 その他の学説としては、②訴訟物が異なるという構成、③既判力の時的限界で処理する構成、④主張の期待可能性に着目して処理する構成、が有力です。

 

 受験生の皆さんが論文作成の上で採用すべき学説は、なんだかんだで①ということになりますが、他の学説についても理解しておくことが有用です。

 

 というのも、「後遺症損害による損害賠償請求の可否」の論点は既判力の本質を理解する上でのエッセンスが詰まっているものであるからです。

 

 ということで、②~④の学説を一つずつ説明していきます。

 

2 各学説の解説

(1) ②訴訟物が異なるという構成

 この学説は、各怪我ごとにその損害賠償請求の訴訟物が異なるのだ、という構成を採ります。

 

 たとえば、前訴における足の怪我の治療費の賠償請求と、後訴における首の怪我の後遺症の賠償請求はそもそも訴訟物が異なるから遮断されないのだ、と考えるのです。

 

 この学説はきわめて説明が明快であって楽です。

 

 しかし、感覚的にぶっ飛んでいる学説であることはすぐにわかると思います。

 

 まず、この説のように考えるとなると、不法行為における訴訟物を一体どこまで細分化するのかが不明となります。

 

 交通事故訴訟では、損害が細かくカテゴライズされます。

 まずは人損と物損。

 そして、人損の中でも、財産的損害と精神的損害。

 さらに、財産的損害の中でも、治療費等の積極損害、逸失利益の消極損害。

 

 この各種損害をどの範囲で1つの訴訟物として扱うのか、という点について、判例最判昭48.4.5等)は、「少なくとも人損については訴訟物として一つ」という立場に立っています。

cf.最判昭48.4.5「同一事故により生じた同一の身体障害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも訴訟物は一個であると解すべきである」(※ 物損は請求されていなかったので、物損を含めて訴訟物を一個とするかは明らかでない)。

 

 対して、訴訟物が異なるという構成は、人損の訴訟物を細分化する見解ということなり、判例の立場にも反駁することになります。

 

 また、交通事故という原因行為が1つであるならば、その原因から生じる請求権の訴訟物の同一性は権利の同一性から決定されるべきであり、損害箇所といった事実によって異別化されるのは不自然と言えるでしょう。

 

 ②説をまとめると以下のようになります。

 

②説(訴訟物が異なるという構成)

帰結:前訴における足の怪我の治療費の賠償請求と、後訴における首の怪我の後遺症の

   賠償請求はそもそも訴訟物が異なるから遮断されないのだ、と考える。

理由:説明が明解である。

批判:❶ 不法行為における訴訟物をどこまで細分化するのかが不明である。

   ❷ 訴訟物の同一性・異別性は権利の同一性・異別性によって決定され、事実に

    よって異別化されるものではない。

 

 

(2) ③既判力の時的限界で処理する見解

 この見解は、後遺症損害にかかる損害賠償請求も、それ以外の損害賠償請求も訴訟物としては同一であるものの、後遺症は前訴基準事後の新事由であるとして、時的限界として再訴を許容するというものです。

 

 たしかに、後遺症の発生が確定判決後の事情だと考えることができれば、後遺症損害の発生を基準事後の事情として既判力の遮断効を回避することができそうです。

 

 しかし、ご存知の通り、この説に対しては以下のような批判があります。

 

 すなわち、後遺症というのは、その原因は事故当時から存在しており、気づいていなかったというに過ぎない。それを基準事後の新事由であるとするには無理がある。という批判です。

 

 いやいや、原因は事故当時から存在しているとしても、実際に痛みが出始めたのは確定判決後なんだから、後発損害は基準事後の事由じゃないか!という反論が考えられそうですが、この反論は本当に正しいでしょうか。

 

 以下のような事例を想定して考えてみましょう。

 

 交通事故にあった被害者Vは、損害賠償請求訴訟を提起し、請求全部認容の確定判決を得ました。確定判決を得ることができたのは、交通事故にあってから半年後のことでした。

 しかし、確定判決を得てから半年後、天気が悪いと首が痛くなるという後遺症が発現しました。 

  

 この場合、交通事故によって「1年経つと、『天気が悪いと首が痛くなる』という症状が発現する身体的素因」が形成されたことになります。

 

 つまり、被害者は気づいていないものの、事故の瞬間からそういった身体的素因(時限爆弾のようなもの)が形成されているのです。

 

 とすれば、事故による怪我と同様、かかる身体的素因についても、確定判決前の事情として扱うことが自然といえるでしょう。

 

 既判力の時的限界の問題として処理する見解に対する批判は、以上のように導かれるものと理解するとわかりやすいと思います。

 

(3) ④主張の期待可能性に着目して処理する構成

 最後に、④主張の期待可能性に着目して処理する構成を見てみましょう。

 

 この見解は、基準時までに主張しておくことが期待できない事由に関しては、既判力の遮断効は及ばないという前提に立ち、後発損害の発生は基準時(判決確定時)までに知り得ないのであるから、後発損害の原因について主張しておくことは期待できず、だからこそ既判力の遮断効が後発損害については及ばない、と考えるものです。

 

 たしかに、既判力の正当化根拠は、「手続保障の充足による自己責任」にあります。

 

 とすれば、主張の期待可能性がない場合にも、実質的にみて手続保障の充足がなかったものとして扱い、既判力の正当化根拠に欠けるものとして既判力の遮断効が及ばないのだ、と主張することはわかるっちゃわかります。

 

 しかし、最高裁の基本的なスタンスとしては、既判力の正当化根拠たる「手続保障の充足による自己責任」よりも、既判力の機能たる「紛争解決の実効性確保」を重視する傾向にあります。

 

 たとえば、最高裁は、基準時前の事由については、その事由の知・不知を問わず、または知らないことについての過失の有無を問わず遮断されるという立場を採っています。

 

 ここで再審の訴えに目を向けてほしいですが、338条1項5号は、「刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃もしくは防御の方法を提出することを妨げられたこと」をあげています。その上で、この再審事由には同条2項の適用があり、有罪の確定判決等の存在が要求されます。さらには再審期間の制限もあります(342条)。

 

 このように、他人を刑事上罰すべき行為によって攻撃防御方法の提出を妨げられたときですら、再審の訴えを起こし、しかもその再審の訴えに有罪の確定判決等の存在や、再審期間の制限を課せられているのです。

 

 にもかかわらず、他人の行為によらずに、単に当事者の過失によらずして提出しなかった攻撃防御方法には、既判力の遮断効が及ばず、後訴においてこの攻撃防御方法が自由に提出できるとしたら、これは右の再審事由として定められている場合との間でバランスがとれないでしょう。

 

 このことから考えれば、過失なくして主張しなかった事実や主張することに期待可能性がなかった事実についても、既判力の遮断効が及ぶとするのは自然といえるでしょう。

 

 したがって、④主張の期待可能性に着目して処理する構成も論拠としては弱いものと言わざるを得ません。

 

3 後遺症による損害賠償請求の可否の論証

 以上のことからすると、「後遺症による損害賠償請求の可否」という論点との関係では、やはり、一部請求論で処理する通説・判例の見解が妥当ということになります。

 

 論証を示すと、以下のようになります。

 

 この点、後遺症損害を基準時後の新事由として、既判力(114条1項)の時的限界の問題として処理する見解もある。

 しかし、後遺症損害の性質上、原因は事故当時から存在しており、それを基準時後の新事由であるとするのには無理がある。

 そもそも、不法行為に基づく損害は相当因果関係の範囲において不法行為時に発生しており、前訴請求はこれについての一時金給付による賠償請求権に基づくものと解することができる。

 とすれば、基準時後の損害についても、それ以前に既発のものとして賠償請求権が成立しており、その一部請求後の残額請求の可否の問題とすべきである。

 そして、一部請求後の残額請求の可否については、処分権主義の要請と不意打ち防止の観点から、前訴で一部であることの明示があれば、訴訟物はその一部に限定され認められると解すべきである。ただ、予想し得ない後遺症損害の場合には、原告がこれを主張・立証することは不可能であり、後遺症損害を前訴請求から除外する趣旨であることが明示されているといえる。

 したがって、予想し得ない後遺症損害についての後訴は、一部請求後の残額請求として訴訟物を異にするので、前訴の既判力には抵触せず認められることになる。

 

 一分請求論で処理する見解は、

  1. 後遺症の状況では前訴で一部と明示していることはあり得ないから、これをなお明示の一部請求というにはフィクションを入れざるを得ない。
  2. 未だ現実にその賠償請求をすることができない時点で、後遺症による損害賠償請求を残部請求であると観念することも非現実的である。
  3. 原告としては、最初の訴えでは残部というものなど意識していなかったはずであるから、明示・黙示で分ける説でいえば、明示されていることはなく、被告も債務不存在確認の反訴提起の機会がなく、それによる原被告間のバランスをとりようがない(あくまで、原告に一部請求後の残部請求を認める代わりに、明示により被告の反訴の機会を与えることで、得られる利益と失われる利益のバランスを図っていたはずである)。 

 

といった反論は考えられるのですが、なんだかんだで、一部請求論が(消去法的に)妥当なのではないか、というのが多くの学者の考えであるように感じられます。

 

 

第3 将来の損害額の算定基準の変動 

 では、「第1 導入」のところで示したように、土地不法占有者に対して、不動産明渡しまでの地代・賃料相当額の損害賠償を請求した前訴の勝訴判決確定後、物価の高騰により前訴認容額が不相当となった場合の相当賃料額と前訴認容額との差額の支払いを求める請求は認められるでしょうか。

 

1 学説の紹介

 この点についても、後発損害の損害賠償請求の場合と同様に、①一部請求論で処理する構成、②既判力の時的限界として処理する構成、③主張の期待可能性に着目して処理する構成が考えられます。

 また、本論点特有の学説として、④117条の類推適用により処理する構成もあります。

 

2 一部請求論で処理する構成の妥当性 

 まずは、後発損害の損害賠償請求の場合と同様に、①一部請求論で処理する構成があります。

 判例最判昭61.7.17)は、本論点との関係でもやはりこの見解を採っています。

 

 この見解は、不法占有による通常損害と、物価の高騰分といった特別事情による賠償請求権を一個の請求権であると解し、一部請求後の残部請求の可否として処理するというものです。

 すなわち、一部請求後の残部請求の可否については、処分権主義と不意打ち防止の観点から、前訴で一部であることの明示があれば、訴訟物はその一部と認められ全部請求に既判力の遮断効は及ばないと解する。その上で、本問のような物価の高騰といった特別事情による損害の賠償は、前訴において原告が主張・立証することは困難であるから、特別損害を前訴請求から除外する趣旨であることが明らかであるとして、後訴提起を肯定する。というものです。

 

 判例はこの見解を採っていますし、受験生も論文ではこの見解をとればいいでしょう。

 

 もっとも、この見解には、以下のような批判があることを理解しておいてください。

 

 まず、土地不法占有者に対する明渡済みまでの損害賠償請求訴訟は、将来発生すると予想された不法行為を基礎に置くものであり、将来給付の訴えとなります。

 そして、明渡済みまでの損害賠償請求訴訟という前訴において、将来発生すると予想された(不法占有という)不法行為とそれに起因する損害の態様(使用利益等)は、基準事後に現実に発生したそれらと完全に符合しているといえます。

 すなわち、違っているのは同じ損害に対する賠償額の算定基準だけなのです。

 

 つまり、前訴判決は、前訴判決の口頭弁論終結時の算定基準(主にその土地の地価)を適用して損害額を出した結果、原告が同じ損害を査定した全部請求を認容したものであって、前訴で認容した額に残部はないはずなのです。

 

 「損害額の算定基準の変動」はあっても、「新たな損害」はない、ということなのです。

 

 このように、「将来の損害額の算定基準の変動」の論点の場合には、「後発損害の損害賠償請求」の論点には見られなかった固有の問題点があります。

 

 実際に、最判昭61.7.17も一部請求論で処理する構成を採っているとされますが、この判決は、地代相当額の損害賠償請求という将来給付の訴えには、損害額の点で本来的に不確定要素が内在しており、前訴判決の認容額が不相当になった場合には、何らかの形で認容額の拡張を肯定するべきであるという価値判断が先行し、その論理的説明を無理矢理に一部請求論の論理に収めた感がある、という評価もされているところです。

 

 そこで、仮に①一部請求論で処理する構成で答案を書くにしても、この批判を自覚し、その批判者はどのような構成で問題を解決しようとしているのかを確認しておきましょう。

 

3 117条類推適用により処理する構成

 皆さんは、117条という条文をみたことがあるでしょうか。

 

 同条は、「定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え」に関する規定です。

 

 同条1項は、「口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。」と規定しています。

 

 通常、賠償金は「一時金」という形態で、一括して支払われます。

 しかし、一時金賠償の場合、賠償額を査定して一度に支払うため、長年の介護などで実際に必要になる金額と比べるとやや少額になってしまったり、賠償金受け取り後に物価が上がったりした場合に対応しにくいといった問題が指摘されていました。

 

 そこで、この問題を解決するために使われるのが、「定期金賠償」です。

 定期金賠償とは、「定期金」として毎月ごとに定額が支払われるような形態の賠償です。.一時金が、支払い時点で一定額を一括で支払われるのに対して、定期金では、「障害を抱えている限り1ヶ月に30万」などといった支払い方をすることとなります。

 

 定期金賠償の何がいいかというと、117条1項が「損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合」には、支払われるべき定期金の「変更を求める訴え」を許容しているからなのです。

 

 つまり、定期金賠償によって、債権者は物価上昇などにも対応することができることになります。

 

 この117条を「将来の損害額の算定基準の変動」の論点にも適用できるのだ、というのが117条で類推適用する構成となります。

 

 注意すべきは、本来の定期金賠償は、損害賠償額の一括賠償とパラレルな関係にあり、あくまでも現在給付の訴えであるということです。

 つまり、117条自体が現在給付の訴えの場合にのみ直接適用される規定なのです。

 この点で、表題に掲げた「将来の損害額の算定基準の変動」の論点は将来給付の訴えの問題であって、117条を直接適用することはできず、類推適用の余地しかないということとなります。

 

 117条の類推適用により処理する構成を採る論者は、117条が直接適用できないことを自覚し、現在給付の訴え、将来給付の訴えとの違いはあるが(117条は「口頭弁論終結前に生じた損害」についてのものとなっており、現在給付の問題である)、将来の特別事情により賠償額の算定基準が変化する場合は、口頭弁論終結後の事情変更によって全額が不相当となる点で、定期金請求権に関する117条の適用場面と近接性が認められるとして、類推適用を肯定するべきだとします。

 

 この117条類推適用という構成を知っていると、かなり「知ってる感」を出すことができます。 

 

 理解を深めたい方はおさえておくといいでしょう。

 

 なお、117条の立案担当者は明確に、117条は定期金賠償以外には使えないという意思を示していたことを付言しておきます。

 

 

第4 まとめ 

 以上のように、後発損害の損賠償請求の場面でも、将来の損害額の算定基準の変動の場面でも、いずれにせよ答案上は一部請求論で処理する構成をとるものと考えておいてよいですが、ここらへんの反対説には目を配るようにしておきましょう。

 

 とにかく、既判力が関わる部分は、どの部分に関しても超重要論点です。

 既判力の理解を深めるためには、既判力の章のみを勉強するのではなく、こうした「既判力以外の章で出てくる既判力に関係する論点」の理解を深めることが必須となります。

 

 

 

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